大阪高等裁判所 昭和48年(く)24号 決定 1973年10月16日
抗告人 稲村五男 外二名
被疑者 小川薫 外一名
主文
本件各抗告を棄却する。
理由
本件各抗告の趣旨及び理由は抗告代理人石川元也外一六名共同作成にかかる抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用する。
論旨は、原決定が被疑者小川薫に対し起訴猶予相当であるとしたのは不当な判断であり、また被疑者堤清作に対し嫌疑不十分であるとしたのは事実を誤認し、その評価を誤つたものであつて、いずれも付審判決定さるべきものである、というのである。
よつて本件記録を精査し、当審における証拠を参酌し検討するに、証拠を総合すれば、本件の事実関係については、原決定の認定のとおりであると認めるのが相当であるから、原認定に誤りはない。また右事実に対する判断については、左記の点を付加訂正する外、原決定の判断はいずれも相当としてこれを支持することができる。すなわち、原決定は被疑者小川の逮捕監禁時間が約二時間と比較的短時間であつたとしているのは適切な判断であるとはいえない。しかしながら、原決定に認められているような本件逮捕監禁にいたる経緯、逮捕監禁の動機、逮捕監禁の手段、方法、その態度、特に逮捕監禁に当つて請求人稲村を殴打したり、或いは脅迫をするなどの兇暴な手段に出ているわけではないこと、鉄道公安職員らのビラ撤去作業等に関する採証活動を妨害し、氏名ならびに入場券不所持の理由を明らかにしない等の理由により、鉄道営業法違反の疑いがあるとして、請求人稲村を取調のため連行し、公安室に拘束した事情、拘束中も請求人稲村は公安室の窓から、外に集つていた国労組合員、弁護団員らの声援に手を振つて答えることができたことなどを併せ考えると、本件の約二時間は通常一般の兇悪非道な逮捕監禁事件の二時間に比すれば、それほど悪質無道なものであるとは思われない。また抗告人らは原決定が本件犯行後すでに約四年の月日が経過していることを被疑者小川の起訴猶予の理由の一つにしたことを非難するが、被疑者小川が四年間も長い間、被疑者という不安な地位にさらされ、物心両面にわたり多大の不利益を免れなかつたことは容易に推察しうるところであるから、かかる事情をも考慮に容れて、四年間の月日の経過を酌量すべき事情とすることは、請求人稲村の被害感情を無視できないとはいえ、決して不当ではない。
さらに、被疑者堀については、原決定の認めているとおり、東改札口付近から公安室に至る間に限り逮捕行為が認められるが、右逮捕の動機、目的、態様、被逮捕者稲村のその前後の言動、逮捕後の情況、特に右逮捕が請求人稲村を殴打するなどの暴力的行為を加えたものではなく、脅迫的な言辞で脅したものでもなく、比較的穏やかな手段方法によつたものであること、その逮捕の時間及び距離(七〇メートル位)も短いこと等を考慮すると、右逮捕は職権を濫用して不法に逮捕したものとして処罰するに足る実質的違法性はないものと認めるのが相当である。
してみると、原決定が被疑者堀については嫌疑不十分、被疑者小川については一部嫌疑不十分、他は起訴猶予相当と判断して請求を棄却したのは結局において相当であつて、原決定に所論のような事実の誤認ないし、決定に影響を及ぼすべき判断の誤りはないから、趣旨はいずれも理由がない。
よつて、刑事訴訟法四二六条一項により、本件各抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。